
はじめに
こんにちは。リテールハブ開発部小売アプリチームの池です。
エンジニアチームのマネージャーになってから、気づけば1年半が経ちました。
この1年半を振り返ると、悩みながら行動を続けてきた時間でした。マネージャーとしてどう行動すべきか日々悩みながら試行錯誤し、周りの支援を借りつつ、自分なりにこれだと思うことを試しては失敗を重ね、走り続けてきました。その中で意識していたのは、ただ失敗を繰り返すだけではなく、そこから得られる学びを積み重ねて次に活かすことです。
この記事では、マネージャーが日々何を考え、どんな判断をしているのかを共有したいと思います。また、失敗談が中心にはなりますが、同時にマネージャーという仕事は「人やチームと向き合う仕事」であり、多くの魅力とやりがいがあることも伝えられたらと思っています。マネージャーに興味があるエンジニアの方、同じ立場で悩んでいるマネージャーの方、あるいはマネージャーが何を考えているか知りたいチームメンバーの方にとって、少しでも参考になれば幸いです。
今回は、自身の振り返りも兼ねて、その中でも特に強く心に残っているマネージャーとしての意思決定に関する学びをピックアップして振り返ります。
背景
私がマネージャーになった当時のチーム状況を説明します。
1年半前の当時、私のチームでは以下の業務を並行して進めていました。
- 自社でゼロから新規開発している小売アプリの開発
- 事業譲渡で引き継いだ5つの小売アプリの運用保守
エンジニアは私を含めて3名、デザイナー1名、PdM1名の計5名を中心に、上長の支援を得ながらそれらの業務をこなす必要がありました。
引き継いだアプリそれぞれの全容は十分に把握できておらず、わからないことだらけです。コードから仕組みを読み解きながら運用保守、顧客からの問い合わせ・要望に対応する日々でした。チームも発足して間もなく体制が整っておらず、PdMも入れ替わりで着任したばかり。そこに新規開発も並行して進めていて、カオスな状態でした。
そんな中で、私は初めてマネージャーを担うことになりました。
失敗①:チームの方針を明確に示さなかった
一つ目の失敗は、マネージャーとして方針を明確に示すことの重要性と、それがチームに与える影響の大きさを理解していなかったことです。
その当時、少ない人数のチームで新規開発と既存運用が同時に走り、毎日やることが尽きません。私自身もプレイヤーとして動かないと回りませんでした。「まずは足元の開発を回すこと」が最優先で、開発や調整、障害対応と、自身も一人のプレイヤーとして目の前のタスクを一つずつ処理し、なんとか回すことに必死でした。
一方で、私はマネージャーになったばかりです。方針を示すことの大事さを理解していませんでした。どこを目指すのか、何を優先するのか。そういったことを言語化するという発想自体が薄かったのだと思います。
そして、方針を明確に示さずに全てをうまく回そうという意識のまま、大きな対策を打たずに走り続けていました。その結果、チームはどこに向かっていいかわからない状態になっていきました。
- 重要でないことに時間を使ってしまう
- 自律的な判断が難しくなる
方針がないと、迷いながら働くことになります。技術負債をどこまで許容するのか、属人化をどこまで受け入れるのか、ドメイン理解にどれだけ時間をかけるのか、作り込みすぎないラインはどこか、各々の判断のズレが積み重なりチームはさらに忙しくなっていきました。
結果的に「全部をそのままやる」ということが暗黙の方針となり、当然ながら、すべてが中途半端になり目標達成も遠のきます。メンバーの不満も溜まり、私自身も時間で解決しようと夜遅くまで働くことが増えました。疲弊するばかりで状況は良くなりません。
方針が全てを解決するわけではないですが、方針を示さなかったからこそ、余計な忙しさを生んでいたのだと思います。
学び
忙しくても、方針を示すことだけは省いてはいけません。
- 何を最優先にするのか
- 何を後回しにするのか
- どこまでやれば十分か
このような方針があるだけで、チームは「何に時間を使うべきか」を考えられるようになります。
今は、「やること/やらないこと」を明確にすることを意識し、忙しい時ほど立ち止まるようにしています。
失敗②:チームを見ずに手法を当てはめた
2つ目の失敗は、解決策から入ってしまったことです。
マネージャーに役割が変わると求められるスキルは変わり、人やチームを動かすスキルが必要になります。しかし当時の私は、その変化を十分に受け止めきれていませんでした。マネージャーとしての理解も引き出しもなく、何をすればいいのかわからない。そんな状態です。
わからないなら学ぶしかないと思い、本や記事を読み、過去の自身の成功体験や他社の成功事例に答えを求め、「これが正解だろう」と思ったものをチームに適用しました。
その一つがスクラム開発の導入です。自分の過去の経験からスクラムをやることでチームが良い方向に進むと、どこかで信じていました。マネジメントに自信が持てない中で、実績のある手法を頼ろうとしていたのだと思います。
スクラム自体は良い手法ですが、そのときのチームのフェーズや状況には合っていませんでした。本来私がやるべきだったのはプロセス改善ではなく、チームの課題を見つけてどう解決するかを考えることです。
スクラムをうまく運用できなかったことにも問題はありますが、チームの課題を見ずに形式的に導入しても効果は限定的になります。その結果、重要ではない会議や作業、議論が増えていきました。
たまたまチームの問題とスクラムの手法がマッチしていた箇所では効果が出たものの、全体としては納得感も高まらず、次第に形骸化して空回りしていき、最終的にはスクラムをやめる判断をしました。
失敗の原因は手法そのものではなく、チームを見ていなかったことでした。
学び
まずやるべきことは、手法を探すことではなく、チームの状態を観察して明らかにすることでした。
- 何が一番のボトルネックなのか
- どこにエネルギーを割くべきなのか
- メンバーは何に困っているのか
それらを言語化した上で解決策を考えるべきでした。
チームはそれぞれ、プロダクトのフェーズや事業状況も、メンバーの性格・スキルも異なります。当然、課題やボトルネックもチームごとに違います。同じ状況のチームは存在しません。だからこそ、マネジメントにどのチームにも当てはまる画一的な手法はありません。
特に、ベンチャー企業の新規事業で限られたリソースと期間で目標を達成する必要がある環境を踏まえると、何を優先し何を捨てるかの判断は大きく変わってきます。そのためにも、まずはチームを観察し、置かれた状況を把握した上で、行動を考える必要がありました。
一方で、考え過ぎて動けなくなるのもまた問題です。すべてを理解してから動くことはできません。実際には、軽く試し、軽く失敗し、そこから学ぶことも多くあります。行動してみて初めて見えてくる課題もあれば、後から納得感がついてくるケースもあります。
今は、観察しながら動き、チームの反応を見て調整することを意識しています。
失敗③:一度決めた方針を続け過ぎてしまった
3つ目の失敗は方針を見直さなかったことです。
失敗①②を経て、私はチームの状況を見て方針や行動の意思決定を意識するようになりました。
たとえば、初期フェーズで作るものがある程度決まっている状況では、ドメイン理解を一定に留めることや属人化を許容するという判断をしました。その時点では合理的な判断だったと思います。
しかし問題は、その方針を見直すべきタイミングで見直さなかったことでした。
プロダクトの状況は変化し、チームの構成も変わり、メンバーも成長しているのにもかかわらず、その判断だけが更新されないままになっていました。
その結果、以下のような影響が徐々に現れてきました。
- 技術的な判断の拠り所が持てない場面が増えていく
- 「自分たちが作っているものは本当に価値があるのか」という空気がチームに漂い始める
- 属人化が固定して急な休みが取りづらくなる
- アラート対応の担当者が偏る
変化の兆しには気づいていましたが、対策を打てていない自分もいました。方針を決めた後の運用ができていなかったのです。
学び
方針にもメンテナンスが必要です。定期的に見直さないと現実との乖離が大きくなっていきます。
- チームが不健全な状態になっていないか
- チームの熱量や納得感は下がっていないか
このような、出ていたはずのシグナルをしっかりと見逃さず、短いサイクルで方針が実状に合っているかを問い続ける必要があります。
方針は一度決めて終わりではなく、状況の変化に合わせて更新し続けるものだと学びました。
おわりに
本記事では、マネージャーとしての意思決定に関する3つの失敗を振り返ってみました。実際にはもっと多くの失敗をしています。
大事なことは、失敗しないことではないと思っています。
マネージャーの仕事に正解はないと、この1年半で実感しました。完璧な判断を下し続けることはできません。それでも、打席に立ち続けることはできます。迷いながらでも決める。うまくいかなければ振り返って次に活かす。その繰り返しで前に進めると思っています。
一方で、失敗ばかりを書いてきましたが、マネージャーの仕事にはそれ以上のやりがいがあると感じています。一人では到底成し遂げられないことをチームで実現できたときの達成感。エンジニアとは異なる視点やスキルが求められる中で、自分自身が成長していく実感。そして何より、メンバーの成長や変化に向き合いながら、チームが前に進んでいく過程を間近で見られることの面白さ。マネージャーの醍醐味だと思っています。
まだまだ未熟ですが、これからも打席に立ち続け、学び続けていければと思います。